CD情報 |
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その左手のために(左手のためのピアノ作品集3) | ||||
| AVCL-25119 税込3,000円 SACDハイブリッド 2006年12月20日 エイベックスより発売 |
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| “花”に向けられた詩人達の視線に触発された林光 セヴラック的な大地への幻想が立ち昇る末吉保雄 ジャズ・ジャイアンツへ独自のオマージュを捧げた谷川賢作 いずれも舘野泉の左手のために書き下ろされた作品です。 アンコールに、東洋風の哀調を帯びたシュールホフのアリアを。 |
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| 林 光:《花の図鑑・前奏曲集》 ピアノ(左手)のために(舘野 泉に) Hikaru Hayashi: Floral Book. Preludes for piano (lefthand) Dedicated to Izumi Tateno 2005 ヒメエゾコザクラ/イヌタデ/ イヌノフグリ/ サンザシ/ハス/ツリフネソウ/ フキ/ノイバラ |
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| 末吉 保雄:《土の歌・風の声》(舘野 泉の左手のために) Yasuo Sueyoshi: Songs of the Earth/Voice of the Wind, for piano, Izumi Tateno’s lefthand.2005-6 |
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| 谷川 賢作:《スケッチ・オブ・ジャズ》(舘野 泉に捧げる) Kensaku Tanikawa: Sketch of Jazz. Dedicated to Izumi Tateno 2006 ホット・ウォーター・ブルース(デューク・エリントンに) ラウンジ・ミュージック(サンソン・フランソワに) アイ・リメンバー・ジャンゴ(ジャンゴ・ラインハルトに) ア・コラール・フォー・カーラ(カーラ・ブレイに) スポンティニアス・コンバスティヨン(ジャック・ルーシェに) |
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| [ボーナストラック] シュールホフ:組曲第3番(左手のための)より アリア Aria |
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| 舘野泉(ピアノ) [録音]2006年9月1日〜3日 カウニアイネン(フィンランド) |
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| 2002年の1月に脳溢血で右半身不随の身になってから、既に5年の歳月が流れ去ろうとしている。最初の2年間は、音楽に見捨てられたと思い、人生に何の希望も持てずに過ごした。だが、苦しかったその年月こそ、実は自分にとって掛け替えのない貴重な日々をもたらしてくれたのだ。 左手で再びピアノに触れた時、音楽をするのに「両手だ、左手だ」という区別がまったく不要なものであることを実感した。左手だけでピアノの88鍵全域をカヴァーするのは確かに難しい。両手で弾くよりも遥かに困難なことは疑う余地がない。だが、決して不可能なことではないし、それに詰まるところ音楽とは技術の難易ではない。演奏によって何を伝えるか、何を表現するかが最も大事なことである。このことが分かるのに、最初の苦しい歳月が欠かせないものだった。「飢えは最上の料理人」と言うが、音楽に対する飢えにさいなまれたその時期こそ、こんにちの私の支えとなってくれていると思う。 私の二つの祖国、日本とフィンランドには今まで左手のための作品は存在しなかったようだ。だが、私が再び演奏できるようになってから僅か二年の間に、十指を超える素晴らしい作品が誕生した。間宮芳生、林光のような先達から、吉松隆、末吉保雄、谷川賢作、そしてノルドグレン、クヤラなどの友人が書いてくれたそれらの作品は、日本の各地、フィンランド、フランスなどで、既に百回を超える演奏会で弾かれてきた。左手のための作品といっても、演奏している時には、片腕だけを使っているという感覚は私には無い。そんなことが頭をよぎることさえないのだ。音楽が始まれば作品の持つ世界に没頭してしまい、腕が一つであったか、それとも四つも五つもあったのか、忘れてしまうのだろう。だから、「左手のための作品」という名称は正確ではない。「左手だけでも弾ける作品」とでも言えばよいだろうか。なぜならば、どの作品も両手で演奏することが可能なのだから。 このアルバムに収めた三曲は、現代日本の誇りと言える作品だと思う。 林光の作品は、各曲に与えられた花の名前、それに寄せられた詩人たちの歌、 そして音楽の持つ様々な情感が重層的に光と影を成し、実に濃密多彩な世界を生み出している。短い曲想に盛り込まれた激しさ、官能、ユーモアなど、日本のピアノ曲に新しい世界を切り開いたものであろう。 バラードとも呼びたい末吉保雄の作品は、寡黙にして雄弁、切り詰めた語法が豊かさをもたらし、制約が豊穣を招く。終末の鐘の響きは圧巻だ。そして、そっと吐露されたような終わりのモノローグは、何処へ・・・? 谷川賢作の作品は、本来は即興であるジャズの世界を楽譜に定着させた時点で、幾たびも弾かれ、磨かれ、変容を続けてゆく「作品」として、明らかな変身を遂げた。ジャズのスタイルを取り入れた作品を含む、あらゆるスタイルの現代音楽を手がけてきたピアニストでも、この作品には惑わされ、魅惑される。「楽想の思わぬ展開」などというより、急カーブ、てこぼこ道、落とし穴、ブランコ、びっくり仰天・・・などなど、「至るところに新鮮な驚きが待ち構えている」と言った方がよいだろう。何度同じことを弾いても新しく、同じものを弾きながら常に成長がある。それにしても、なんと滅茶苦茶な指使いをするんだろう、この曲は! 邦人作品だけのCDに、でもアンコールのように、シュールホフのアリアを弾いてみた。岸田今日子さんと七年前から続けている「音楽と物語」のシリーズで演奏してきた曲である。この曲に合わせて岸田さんが朗読したのは、谷川俊太郎の詩「クレーの天使」であった。それが忘れらない。 |
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| 2006年10月4日 緑ヶ丘にて。舘野 泉 | |||||