書籍情報
書籍 左手のコンチェルト 左手のコンチェルト
         新たな音楽のはじまり
著者舘野泉
(四六判・上製 224頁)
定価:1,575円・本体価格:1,500円
ISBN:978-4-333-02320-2
発行日:2008.3.30
発行所佼成出版社



湖の氷が割れて世界が開けた

 僕はピアニストとして四十五年ほど、世界各地で演奏活動をしてきました。その僕が、よもや左手だけでピアノを弾くなどということは、考えてもみなかったのですが、現実になってしまいました。
 それは、二〇〇二年、フィンランド第二の都市タンペレで開いていたリサイタルの最中に、僕が脳溢血で倒れた日からすべてがはじまりました。二ヵ月の人院のあと、退院してから一年半くらいはリハビリをしながらも、暗闇を両手で探っているような毎日でした。
 それが、ある瞬間、「あっ、弾ける。音楽がまたできるのだ」と思えるようになったのです。まぎれもない、思いがけない僕の転機でした。そのとき、僕の脳裏には、長年暮らしているフィンランドの春が甦りました。
 北欧の春といっても、日本ならまだ冬の気候です。ただ、日差しだけはどんどん長くなり、光に満ちあふれています(最南部にある首都ヘルシンキはフィンランド湾に面し、ほぼ北海道と同じ気候で、冬は氷点下二〇度ほどになることもある)。僕は、ヘルシンキに暮らして四十年以上になりますが、主に初夏から夏の間、家族ですごす別荘が、北へ車で二時間半ほど行った静かな森の湖畔にあります。
 北欧の遅い春は、降り積もった雪の下に凍る湖にも確実にやってきます。湖に春の陽光が射し、しだいに強まる日差しのなかである日、その厚い氷が割れ、みるみるうちに湖面に水があふれて、まったく世界が一変してしまう。その氷の下に湖深く閉じ込められていたものが、自分の目の前で、一気に光あふれる世界へと開かれたような一瞬が訪れます。
そんな春のはじまりを毎年見てきた僕の身体が覚えていたのでしょう。ふいに、その瞬間を思い出したのです。
 そして、いったん、目の前が開けてしまうと、僕の心の動きは速やかでした。自分が音楽へ回帰すること、さらに新しく開始するという気持ちの変化は、すっと、とても自然なことでした。「左手でもこんなことができる。そう、これでやってみよう」という思いで、僕は素直に、音楽へ、再びピアノヘ向き合えたのです。(本文より)


左手のピアニスト 本の写真 左手のピアニスト
        ゲザ・ズィチから舘野泉へ
著者:シュミット村木眞寿美
定価:2,100円・本体価格:2,000円
ISBN:978-4-309-01859-1
発行日:2008.3.30
発行所:河出書房新社


書籍 ロマンティック・リハビリテーション

大西成明写真集
 ロマンティック・リハビリテーション

著者:大西成明
(A4変型仮製 186頁)
定価:2,940円(税込)
ISBN:978-4-270-00363-3
発行日:2008.6.20
発行所:ランダムハウス講談社